季節ごとの雨(16)
清めの雨(2)
特定の日に降る雨(3)
おわりに

天からの恵み・雨。「嫌だなぁ」と思うこともあれば、「雨音が落ち着くなぁ」と思うこともあり、私たちの日常生活や感情に深く関わる存在です。

ひと口に「雨」と言っても、その降り方は季節によってさまざま。農作を営んできた日本人の祖先は、そんな季節ごとに異なる雨に名前をつけてきました。

この記事ではそれら「季節ごとの雨」と、「清めの雨」「特定の日に降る雨」をいくつかご紹介したいと思います。

季節ごとの雨

【春】雪解雨(ゆきげあめ)

春の訪れを知らせる雪解雨

雪解雨の後は急速に季節が進みます

冬に積もった雪を溶かすように降る雨のことを「雪解雨(ゆきげあめ)」と呼びます。朝からシトシトと降り続ける雪解雨の音は、春がすぐそこまで来ていることを感じさせます。

雨が上がった頃、雪の下に隠れていた新芽がぐんと膨らみ、芽吹きの季節の到来です。

【春】春霖(しゅんりん)

雨に煙る高野山

春の雨に煙る高野山

季節の変わり目には雨が続くことが多く、3月から4月にかける降る長い雨のことを「春霖(しゅんりん)」と呼びます。

「霖」という字は一字で「ながあめ」と読むことができる漢字で、3日以上降り続くような雨のことを指します。

【春】菜種梅雨(なたねつゆ)

菜の花に雨がかかる菜種梅雨

雨に濡れた菜の花

「春霖(しゅんりん)」と同じ、春の長い雨を指す言葉に「菜種梅雨(なたねつゆ)」があります。菜の花が咲く時期である3月下旬から4月上旬にかけて雨が降るため、この名前が付いたそうです。

【春】春時雨(はるしぐれ)

にわか雨に濡れる桜

お花見シーズンはにわか雨=春時雨に要注意!

「時雨(しぐれ)」は各季節の雨によく使われる呼び方ですが、もともとは秋の末から冬の初め頃に降る、にわか雨のこと。そこから2月4日の立春から桜が咲く頃までに降る雨のことを「春時雨(はるしぐれ)」と呼ぶようになりました。

春時雨は晴れていたかと思ったら急に降ったり、また急に止んだりと、降ったり止んだりします。

【春】催花雨(さいかう)

雨に濡れる桜

雨に濡れる桜。雨が「早く咲け〜」と促しているみたいですね

春に、いろいろな花が咲くのを促すように降る雨のことを「催花雨(さいかう)」と呼びます。同じように花を養う雨、花を育てる雨、という意味で「養花雨(ようかう)」「育花雨(いくかう)」と呼ばれることもあります。

【初夏】五月雨(さみだれ)

雨中のアジサイ

雨中のアジサイ(京都・善峯寺)

旧暦5月(新暦の6月頃)に長く降る雨、つまり梅雨(つゆ)のことを「五月雨(さみだれ)」とも呼びます。

江戸時代の俳人・松尾芭蕉が次のように句の中で詠んだことでも有名ですね。
「五月雨を集めて涼し最上川(さみだれを あつめてはやし もがみがわ)」

最上川は山形県を流れる大きな川のことです。

【初夏】卯の花腐し(うのはなくたし)

卯の花が咲く時期に降る雨

雨の日の卯の花(ウツギ)

「梅雨(つゆ)」「五月雨(さみだれ)」の異名に「卯の花腐し(うのはなくたし)」というものがあります。

適度な雨は植物を育てるのにとても良いですが、長く続く雨はかえって花を腐らせてしまう、ということからこの名前が付いたそうです。「卯の花」というのは、6月頃に咲くウツギの花のこと。ウツギは日本に広く分布する低木で、一つの枝にたくさんの白い花をつけます。

【初夏】男梅雨(おとこつゆ)・女梅雨(おんなつゆ)

ユニークな梅雨の名前

人間の男女になぞらえた雨の名前

人間の男女と雨を重ねたとてもユニークな名前。雨が降る時はとても激しく降るが、止む時はカラッとスッキリ晴れる梅雨の事を「男梅雨(おとこつゆ)」と言い、しとやかな女性を思わせるようなシトシトと雨が降る梅雨を「女梅雨(おんなつゆ)」と言います。

遊び心のある面白い名前ですね。

【初夏】送り梅雨(おくりづゆ)

梅雨の時期に降る激しい雨

梅雨の時期に降る激しい雨

「送り梅雨(おくりづゆ)」とは、梅雨が終わる寸前に降る大雨のことを指します。梅雨を見送るという意味があり、まるで最後の力を振り絞るかのように時には雷を響かせながら、非常に激しく降ることもあります。そのため「暴れ梅雨」の異名も。

梅雨の終わり頃の前線は陸地の上で活動するため、大雨や集中豪雨が起こりやすくなり、激しい降り方になりやすいのだと言われています。

「送り梅雨」の名前には、「梅雨を見送る」という意味のほか、「早く梅雨の時期が終わって欲しい」「梅雨を送り出したい」という意味も込められているそうです。

【夏】喜雨(きう)

田んぼの地割れ

長い日照りにより割れてしまった田んぼ。雨が待たれます

夏の日照りが続き、田んぼは干からび植物は枯れてしまいそうな時、やっと降る恵みの雨を「喜雨(きう)」と言います。日照りが続くと農作物に影響を及ぼしたり、水不足で生活が困難になることも。

そのため文字通り「喜びの雨」ということで喜雨と名付けられたのだそうです。昔は日照りが続きやっと雨が降った時は、仕事を休んで祝う風習があったのだとか。相当喜ばれたのですね。

【秋】秋霖(しゅうりん)

雨降る秋の里山

雨降る秋の里山

秋に長く降る雨のことを「秋霖(しゅうりん)」と呼びます。

夏から秋へ切り替わる9月半ばから10月上旬頃に降る雨のことで、この雨が降ると一気に季節が進み、涼しくなります。

【初秋】秋雨(あきさめ)

紅葉に秋雨がしっとりとかかっている

雨に濡れるもみじ

「秋霖(しゅうりん)」と同じような雨を指す言葉として「秋雨(あきさめ)」があります。

天気予報などで「秋雨前線」という言葉がよく使われます。秋雨前線は、夏の間活発となっていた太平洋高気圧が南へ下がり、大陸の冷たい高気圧が日本列島上空になだれ込むことで発達した前線のこと。

梅雨と同じく地域によって差がありますが、秋雨は9月初旬から10月頃にかけて降り続きます。秋雨が明けると、抜けるような秋晴れが続く爽やかな秋の行楽シーズンが待っています。

【晩秋】冷雨(れいう)

寒くなり始めた秋の終わりに降る雨

秋の終わり、寒くなり始めた頃に降る雨

「冷雨(れいう)」とは秋の終わりに降る冷たい雨のこと。この冷雨が降るにつれて寒さが増し、季節が秋から冬へと移り変わる様子を感じられます。冷雨が降ると紅葉などの木々も散り始めます。

「冷雨」は一般的に使われることはあまりなく、俳句の季語や11月頃に送る手紙の挨拶文などに使われることが多いです。

【冬】山茶花梅雨(さざんかつゆ)

山茶花に雨がついている

冬の花の代表・山茶花(さざんか)を濡らす雨

12月上旬の山茶花(さざんか)が咲く時期、まるで梅雨のように降る雨が「山茶花梅雨(さざんかつゆ)」です。
12月上旬頃は、移動性高気圧が北へ偏り、前線が本州の南の海上に停滞するため、雨が降りやすいのです。

この山茶花梅雨を経て、秋から冬へと本格的に季節が変わります。この時期は寒暖差が大きく、「体調を崩しやすい時期」とも言われています。

【冬】氷雨(ひさめ)

冬の寒い季節に降る氷雨

氷雨が降ると、みぞれや雹(ひょう)が降ることも

「氷雨(ひさめ)」は、とても寒い時に降る冷たい雨のこと。もともとは暖かい時期に降る「雹(ひょう)」や「あられ」を指していました。

冷たい雨なので、雨に雪が混ざってみぞれになったり、0度近くになった雨が樹木や電線などに付着して凍りついてしまうこともあります。

ちなみに、直径が5mm未満でさまざまな形状の氷が降ってくることを「凍雨(とうう)」と言い、天気予報では雪として扱われます。

【冬】寒九の雨(かんくのあめ)

冬野菜のブロッコリーに雨がかかる

冬野菜のブロッコリーに雨がかかる

寒の入り(1月5日頃)から9日目の1月13日頃に降る雨のことを「寒九の雨(かんくのあめ)」と言います。

太平洋側の地域では、冬の間晴天が続く事が多く、この時期降る雨は冬野菜にとって恵みの雨です。ですから「寒九の雨」は、豊作の兆しとしてとても喜ばれました。

また、冬本番の冷え込みとなる「寒(かん)」の期間の雨は、1年の中でもっとも水が澄んでいて、薬にもなる程だという言い伝えがあります。寒さのため雑菌の繁殖が抑えられるから、というのが理由のようです。

清めの雨

御山洗(おやまあらい)

7月に降る雨

御山洗は夏の終わりに富士山に降る雨

かつて富士山閉山の時期であった旧暦7月26日頃(新暦8月23日頃)に降る雨を「御山洗(おやまあらい)」と言います。

開山期間にたくさんの人が登った富士山を洗い清める、ということでその名前がつきました。

ちなみに現代では、富士山の閉山時期は例年9月10日頃となっています。

伊勢清めの雨(いせきよめのあめ)

雨が降っている伊勢神宮

雨に煙る伊勢神宮

旧暦9月17日に行われる宮中行事の「神嘗祭(かんなめさい)」の翌日に降り、祭祀(さいし)の後を清める雨と言われている「伊勢清めの雨」。

神嘗祭とは、その年の新しい穀物で作った御神酒(おみき)と神様に献上する御食事を伊勢神宮に奉納するというお祭りです。

また伊勢神宮に限らず、神社で降る雨は縁起が良いと言われていて、小雨が降ると神様が歓迎してくれているサインだという言い伝えも。

最も縁起が良いとされているタイミングは、参拝中だけ小雨が降り、参拝が終わると晴れる場合です。これは間違いなく神様から歓迎されていると考えて良いのだそう。

特定の日に降る雨

【旧暦5月28日】虎が雨(とらがあめ)

虎が雨の名前の由来となった曽我兄弟の像

虎が雨の名前の由来となった曽我兄弟の像

旧暦5月28日(新暦の6月23日頃)に降る雨の事を「虎が雨(とらがあめ)」と言います。
ほかにも「虎の涙」「虎の涙雨」「曽我の雨」と呼ばれることも。

「虎が雨」の「虎」とは、鎌倉時代の武士・曽我十郎(そがじゅうろう)の愛人である「虎御前(とらごぜん)」から取られています。

現在ではあまり使われない「虎が雨」という名前ですが、江戸時代には旧暦5月28日には必ず雨が降ると信じられていて、一般的に使われていました。
なぜ旧暦5月28日に必ず雨が降るかといえば、次の通りさまざまな説があります。

■説①
5月28日に曽我十郎が仇討ちを遂げるものの、討ち死にしてしまい、それを虎御前が悲しんで涙を流したから

■説②
5月28日に曽我十郎が仇討ちをする際、その戦いを助けようと、虎御前が天に雨が降るよう祈ったから

■説③
曽我十郎(曽我兄弟の兄)と、彼の愛人である虎御前(とらごぜん)の2人が、5月28日に破局したから

このように諸説ありますが、いずれも曽我十郎と虎御前が関係していることからこの名前で呼ばれています。

【七夕前日】洗車雨(せんしゃう)

牛車のイメージ

彦星の乗る牛車というと、こんな感じでしょうか

「洗車雨(せんしゃう)」とは七夕の前日、7月6日に降る雨のことです。

7月7日は、織姫と彦星が1年に1度会える七夕の日。彦星は牛車に乗って織姫に会いに行きます。その前日、麗しの姫との再会のために、彦星は牛車を洗うそうです。その時に降る雨なので「洗車雨」と言います。

織姫との再会を待ち侘びて洗車するという、とてもロマンチックで可愛いらしいお話ですね。

【七夕当日】洒涙雨(さいるいう)

七夕の時期に降る雨のこと

洒涙雨は七夕当日に降る雨のこと

「洒涙雨(さいるいう)」は7月7日に降る雨のこと。「洗車雨(せんしゃう)」が七夕の前日に降る雨なのに対し、こちらは七夕当日に降る雨の名前です。なぜ「洒涙雨」と呼ぶのか、その由来は諸説あります。

■説①
織姫と彦星がようやく会えたのに、またすぐにお別れしなければならない。その時に流す涙だから

■説②
当日に雨が降ってしまったため、天の川が増水し2人が会えず、悲しんで流した涙だから

■説③
再会を喜び2人で流した嬉し涙だから

由来はさまざまですが、涙が雨になったとする説が多いようです。

七夕の時期は梅雨の後半にあたり、沖縄と北海道以外の地域ではかなりの確率でぐずついた天候になります。七夕当日に雨が降って天の川が見られなくても、「天から織姫と彦星の涙が降ってきている」と思えばロマンチックですね。

おわりに

日本語に残る数多くの「雨」を紹介してきました。

こんなにたくさんの名前で区別していたとは、昔の人は観察眼が鋭く、また感性が豊かです。これだけの呼び名があると、「今降っている雨は◯◯だ」なんて考えたりして、雨の日が好きになりそうですね。

ぜひ、お気に入りの雨の名前を覚えてみてください。

Text:編集部 Photo:PIXTA